自筆証書遺言と公正証書遺言のどちら選択すべきか?

「自筆証書遺言」の要件緩和と保管制度の創設により、自筆証書遺言は便利になるのか?比較検証します。

通常、用いられる遺言の方式は2種類

遺言は、自らが亡くなった後の法律関係について当人の最終の意思表示であり、当人が亡くなって初めて法律上の効果が生じます。

そのため、意思内容をきちんと確定し、他人による改変や捏造を防ぐため、法律によって厳格に方式が定められています。

「自筆証書遺言」はその名の通り、一定の条件に従って自分で作成する遺言です。いつでも、どんな紙にも書くことが出来、その内容や遺言の有無さえ他人に知られずに済みます。また、証人や費用も不要です。

しかし、自分だけで作成すると方式に不備が生じやすく、発見されないままになったり、また内容が不十分、不正確な場合は相続人同士のトラブルの原因になることもあります。

これに対して「公正証書遺言」は、各地にある公証役場で2人以上の証人の立会いのもと、公証人にさくせいし作成してもらうもので、原本は 公証役場で保管されます。

 形式の不備などで無効になることがなく、原本が公証役場で保管されるので紛失や偽造などの心配もありません。

 ただし、証人は遺言の内容を知ることになりますし、作成には一定の手間と費用がかかります。

年々、遺言の作成数は増加

 それでは、これらの遺言が実際にどれくらい作成されているのでしょうか。

 「公正証書遺言」については、日本公証人連合会が毎年の作成件数を公表しています。それによると、平成21年に7万8000件ほどだったものが、平成26年以降は年間 10万件を超え、平成30年には11万件ほどになっています。

 一方、「自筆証書遺言」についてははっきりした数字は不明ですが、家庭裁判所での遺言書の検認事件数については平成19年に1万3000件だったものが、平成28年には1万7000件を超えるまでになっています。

「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」ともに年々、増えているのは間違いないでしょう。

 なお、実際に「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」を作成したことのある人の割合はほぼ半々であり、年代が高くなるにつれて多くなる傾向がみられます。

 それでも5~10%程度であり、遺言の作成が当たり前といわれる欧米に比べるとまだまだ低いことは否めません。

「自筆証書遺言」の目録はワープロや写しでも可

 今回の民法改正では、よく使われる2つの遺言方式のうち「自筆証書遺言」について改正が行われました。

 具体的には、次の2点です。

  • ①自筆証書遺言の方式の緩和
  • ②自筆証書遺言の保管制度の創設

 まず、①から見ていきましょう。

①自筆証書遺言の方式の緩和

 従来、「自筆証書遺言」は、遺言する人(遺言者)が遺言書の全文、日付および氏名を自書し、これに押印する必要がありました。例えば、日付が抜けていたり、遺言者以外の者が代筆したり、遺言者自身であっても一部をワープロで作成した場合などは無効となります。

 しかし、高齢者にとっては財産目録などを含め遺言書の全文を間違いなく自筆することはなかなか大変です。

 間違いなどは後から加除訂正できるが、遺言者がその場所を指示し、変更した旨を付記して特にこれに署名した上、さらに変更場所に押印しなければならないのです。

 せっかく遺言をしようとしても、自筆証書遺言では難しかったり、不十分なものになったことも多かったはずです。

 そこで今回、財産目録に限り、自筆要件を緩和することになりました。

 財産目録をパソコンで作成したり、不動産については不動産登記事項証明書を添付したり、預金については通帳の写しを添付し、自筆で署名、捺印すればよいのです。

 財産目録が紙の両面あるいは複数ページにわたる場合は、両面あるいは複数ページにそれぞれ署名・捺印します。

 この改正は、2019年1月13日からすでに施行済です。

 ただし、2019年1月13日より前に作成された自筆証書遺言には適用されません。場合によっては、新たに自筆証書遺言を作成し直した方がいいケースもあるでしょう。内容が矛盾する複数の遺言書があっても、日付が新しいものが有効とされます。

②自筆証書遺言の保管制度の創設

 ②の自筆証書遺言の保管制度は、「法務局における遺言書の保管等に関する法律」という新しい法律によって設けられるもので、2020年7月10日から施行されます。

 自筆証書遺言の保管制度では、法務局が管轄する「遺言保管所」において、自筆証書遺言の原本が保管されるとともに、バックアップとして別の場所でも管理されることになっています。

 従来、自筆証書遺言の執行には、家庭裁判所の「検認という手続きを受けなければなりませんでした。

 自筆証書遺言があっても、検認をしないとそこに書いてある内容で遺産を分割したりすることができませんでした。

 検認のためには全ての相続人の確定が必要であり、亡くなった人(被相続人)の戸籍を出生時にまで遡って確認するなど手間がかかり、また家庭裁判所も混んでいて、検認まで2~3ヵ月かかることもざらです。

 なお、家庭裁判所の検認の前に勝手に自筆証書遺言を開封すると、5万円の過料が課せられます。

 それが今回の保管制度を利用すれば、自筆証書遺言でも検認の手続きが不要になる。遺言の執行がスピーディーかつスムーズに進む可能性があります。

 保管制度のもうひとつのメリットは、紛失や焼失、偽造などのリスクをなくすことです。

 従来、自筆証書遺言は紛失するケースが意外に多いといわれます。東日本大震災のような大災害の際にも、多くの自筆証書遺言が失われたと推測されています。自筆証書遺言は原本しかなく、失われれば内容を確認するすべはなく、最初からなかったのと同じです。

 それに対し、今回新たに設けられる保管制度では、遺言者の住所地、本籍地、 あるいは遺言者が所有する不動産の所在地にある法務局の「遺言保管所」において、自筆証書遺言の原本が保管されるとともに、次のような情報が磁気ディスクなどで管理されます。

  • 遺言書の画像情報
  • 遺言書に記載されている作成の年月日
  • 遺言者の氏名、生年月日、住所、本籍
  • 遺言者に受遺者がある場合には受遺者の氏名住所
  • 遺言書で遺言執行者を指定している場合は、その者の氏名、住所
  • 遺言の保管を開始した年月日遺言書が保管されている遺言書保管所の名称および保管番号

 こうした情報は遺言保管所とは別の場所でもバックアップがとられており、大災害で特定の遺言保管所がダメージを受けても大丈夫といわれます。

 ちなみに、「公正証書遺言」は公証役場において、公証人によって、原本、正本、謄本の3部が作成され、原本は公証役場で、正本と謄本は遺言者により保管されます。

 しかし、東日本大震災を受け、2014年4月からはパソコンで取り込んだ公正証書遺言を日本公証人連合会の本部で二重に保管することになっています。

 遺言の情報管理は重要なポイントです。

保管制度の利用方法について

 「自筆証書遺言」の保管制度を利用するにあたっては、つぎのような手続きが必要です。

<遺言書の様式>

 保管の対象となるのは自筆証書遺言のみです。また、遺言書は封のされていない法務省令で定める様式に従って作成されたものでなければなりません。

<申請場所>

 遺言書の保管の申請は、遺言者の住所地もしく本籍地または遺言者が所有する不動産の所在地を管轄する遺言書保管所の遺言書保管官に対して行います。

 遺言書保管所とは、各地法務局のうち法務大臣が指定する法務局です。

<申請方法>

 保管の申請は、遺言者自らが遺言書保管所に出向いて行わなければなりません。代理では認められません。

 申請の際には、申請人が本人であるかどうかの確認が行われます。

<閲覧等の請求>

 遺言者は、保管されている遺言書について閲覧を請求することができ、また遺言書の保管の申請を撤回することができます。

 これに対し、遺言者以外は、遺言者の生存中、遺言書の閲覧等を行うことはできません。

 ただし、特定の死亡している者について、自己(請求者)が相続人や受遺者等となっている遺言書(関係遺言書)が遺言書保管所に保管されているかどうかを証明した書面(遺言書保管事実証明書)の交付を請求することはできます。

 さらに、遺言者の死亡後、遺言者の相続人、受遺者などは、遺言書の画像情報等を用いた証明書(遺言書情報証明書)の交付や遺言書原本の閲覧を請求できます。

 なお、遺言書保管官は、遺言書情報証明書を交付したり、相続人等に遺言書の閲覧をさせたときは速やかに、遺言書を保管している旨を遺言者の相続人、受遺者および遺言執行者に通知します。

<手数料>

 遺言書の保管の申請、遺言書の閲覧請求、遺言書情報証明書または遺言書保管事実証明書の交付の請求をするには、手数料を納める必要があります。

 金額は数千円程度になるのではないかといわれています。

「自筆証書遺言」は本当に使いやすくなったのか?

 このように、方式の緩和や保管制度の創設により、「自筆証書遺言」が以前より利用しやすくなることは確かでしょう。

 しかし、従来から遺言の作成にあたって法律の専門家の多くは、「公正証書遺言」の方を推奨している。今回の改正によってもやはり、遺言を行う目的やメリットの実現という点では「公正証書遺言」のほうが優れているといわれています。

 なぜなら、「自筆証書遺言」は改正後においても、記載内容はあくまで遺言者が自由に考え、書くことが前提だ。

 「公正証書遺言」のように、公証人が遺言者の意思を確認しつつ、適切な内容の遺言を作成するのに比べると内容が抽象的であったり、漏れがあったり、不備があったりして、むしろ相続人の間のトラブルの原因となることも少なくありません。

 また、遺言を利用するということは、特定の相続人に法定相続分を超える財産を相続させることを目的とすることが多い。ある意味、相続人の間に差をつけるために遺言を利用するのです。

 この点、「公正証書遺言」であれば、相続が発生した後すぐ、遺言内容に沿って相続を執行することができる(そのために遺言執行者も指定しておく)。

 一方、「自筆証書遺言」は従来、検認が必要で遺言内容は全ての相続人に知られてしまいます。今回、新たにできる保管制度では検認は不要になりますが、証明書交付や閲覧請求を行うと、遺言保管官から他の相続人に通知され、遺言の存在が明らかになります。また、閲覧請求も可能です。その結果、遺言執行を妨害される可能性が出てくるのです。

 さらにいえば、他の相続人への通知のため、相続発生後は法務局に全ての相続人の戸籍を提出しなければなりません。すなわち、相続人の戸籍一式をそろえる必要があり、「公正証書遺言」ほどのスピーディーな執行は難しいです。

 「自筆証書遺言」が多少、利用しやすくなるとはいえ、安易に考えていると思ったようなメリットを得ることはできません。

 遺言を利用するのであれば、法律の専門家のアドバイスとサポートを受けることを強くおすすめします。

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